2020年5月24日

最近私は4時過ぎには目が覚めてしまい机に向かうのですが、するとマンションの管理人さんの作業する音が聞こえてきます。ゴミ出しや階段の掃除など、ご夫婦でされているようです。玄関先等で挨拶を交わすと、「今日はいい天気だね~」と一声かけてくれます。ゴミ置き場はいつも清潔で、蛍光灯が切れたらすぐに交換してくれて、このような管理人さんがいてくださるからこそ、私は快適な生活ができるのです。
今、私たちはステイホームをしていますが、もし全員がステイホームをしたら私たちは生きていけません。管理人さんはじめ、ごみ収集、交通機関、食料品店、農家、医療、等々、「アウトホーム」をしてくださる方がいるからこそ、私たちは「ステイホーム」ができます。

先日、NHKラジオ第二の『宗教の時間』で、北九州市でホームレス支援をされる奥田知志牧師が、天地創造で人間が最後に造られた意味を述べていました。それは、人間は、全てのものがそろわないと生きていけないから、つまり、先に造られた、光、水、地、植物、生き物の助けを借りないと生きていけない脆弱な存在、だから人間は最後に造られたのだと。また奥田牧師は、灰谷健次郎の作品『太陽の子』の一節を引用して、人間と動物の違いを述べていました。それは、人間は他人の痛みを自分の痛みのように感じてしまうところ。人間は、他者を自分の中に住まわせる存在である、それは時に辛くて苦しくてしんどいこと、しかしそこに希望や喜びを見いだしていくのが人間なのだと。 創世記2章で、神様は「人はひとりでいるのは良くない」と助け手を造られます。私は、目をつむり深呼吸をしました。私の「ステイホーム」は「アウトホーム」の人たちによって支えられています。そのことを忘れてはいけません。また、はたして私は、心の中に何人の他者を住まわせているだろうか? もし自分だけだったら、それは人間ではないのです。

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