朝、私がベランダ菜園の作業にいそしんでいると、妻と息子が「くさい」と言ってきます。私が丹精込めて作っている発酵肥料をくさいと言うのです。確かに匂います。しかしそれは、マックのピクルスの匂いではないですか。今、私は野菜クズ、卵の殻、珈琲カスが愛おしくてたまりません。他にも、摘み取った野菜の芽や葉、何なら道端の落葉でさえ、「これはいい発酵肥料になるぞ」と思ってしまいます。カスが「肥し」になるのだから、なんて魅力的ではないですか!その作業も楽しいのです。ぬか漬けを作るのと変わりません。野菜クズを入れては、微生物を豊富に含んだ『生ごみ処理材』(糠とほぼ同じ)をまぶし、手でかき混ぜます。だんだん発酵してくると、プーンとピクルスの香り、そのままつまんで食べたいくらいです。またそれらから出る残留液もフルーティーで、水で500倍ほどに薄めて植物に散布すると液肥になります。排水口に注ぐと消臭剤になります。微生物群が雑菌を食べてくれますから。もう、パーフェクトです。私が愛おしいと言うのを皆さんわかりますよね。それを妻と息子はくさいと言うのです。しかし、冷静に考えると確かにくさいです。ご近所の迷惑にならぬよう気をつけなければなりません。しかしなぜ私は「いい匂い」なのか? それは私が手間ひまかけて作っているからです。身近であり、愛おしいからです。だから「くさい」ではなく「いい匂い」なのです。匂いってけっこう影響力がありますよね。カレーも鼻をつまんで食べたら何がなんだかわかりませんから。実は、体臭も相手との相性をするうえで重要な役割を果たしているといわれています。
「私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神に献げられた芳しいキリストの香りなのです。」(Ⅱコリント2:15)。
私は妻と息子に香ばしいキリストの香りを放つ者でありたいです。そう願いながら、今日もベランダ野菜作りにいそしんでいます。