『いい覚悟で生きる-がん哲学外来から広がる言葉の処方箋-』(著:樋野興夫)から、幾つかの文章(一部抜粋、編集)をご紹介する最終回。~人生の目的は品性を完成するにあり~ ある日のがん哲学外来で、会社に勤めている患者さんが職場での悩みを打ち明けました。「辛い治療を終えて薬も効いているから、職場に復帰しました。ところが、私が中心になって進めていた企画はいつのまにかに同僚に任されていました。裏切られた思いです。ちょっと休んだだけなのに、それががんだったからって…。自分が会社からも人生からも用無しになった気がしてショックでした。」井戸の水をくみ上げるかのように、涙が止まらない様子です。私は言いました。「がんになる前の自分が最高だなんて、誰が決めたんですか? 今の仕事が好きなら続けられたらいいじゃないですか。自分で決める人生は、病気とは関係ありませんよ。」 そしてこの言葉を送りました。「人生の目的は品性を完成するにあり」 品性とは、人格であり、人としての品位です。人生の目的は、仕事の成功や世間の賞賛、ましてや、お金持ちになることではありません。今、自分の目の前にあることに一生懸命取り組み、自分の行いによって人が喜んでくれることによって、初めて品性は磨かれていくものです。
後日、この患者さんからメールをいただきました。「上司に自分が休んでいた間、迷惑をかけたことを素直に詫び、仕事をフォローしてくれたことに感謝しました。今の自分のできることは仕事の補佐をすることだと伝えました。すると、『君がいないとうまく進まないことが多かったから、戻って来てくれてうれしい』と言ってくれたのです。これから、人生の目標とする品性の完成に向けて謙虚に生きていきます。」 困難、苦難はがんに限らず誰にでも襲いかかるものです。そのとき、いかに耐えるか、そして「人のためになる」ことにいかに気持ちを向けられるか、耐えることで品性が生まれ、品性を磨くことによって希望が生まれます。