2022年5月22日

霊修会は大変恵まれました。ヨハネ15章から、ぶどうの木なる主イエスに、皆でじっくりとどまりました。15章の後半は、主イエスにとどまる弟子たち(教会)が、世の中で遭遇する事態に対する主イエスの備えです。

ヨハネ15章「世があなたがたを憎むなら、あなたがたよりも先にわたしを憎んだことを、知っておきなさい。」(18)。「人々がわたしを迫害したのであれば、あなたがたも迫害します。」(20)。

確かに、主イエスが律法学者やパリサイ人たち、果ては群衆から憎まれ迫害されたように、私たちキリストのからだも憎まれ迫害を受けるのです。今日の日本に迫害はありません。しかし過去にはありました。今日私たち教会は世の人々に良い印象を与えようと努めていますが、迎合しないように注意もしなければなりません。あなたがキリストに倣って発言し行動するなら、現在の律法学者やパリサイ人と衝突するのです。もし隣で虐げられている人に対してキリストに倣うなら、あなたも虐げられるかもしれません。霊修会のグループタイムで分かち合った穂本さんは、新聞社に勤めておられます。イデオロギーも発信する職場での、キリスト者としての葛藤や戦いを聞きました(因みに、その後にAmazon Primeで観た映画『ペンタゴン・ペーパーズ』に感動しました)。私は土木工事をしていた時の、盛り上がる下ネタへの葛藤と戦いの経験を話しました。皆さんは如何でしょうか? 私たちが主イエスにとどまるなら、主イエスの経験をします。しかしヨハネ15章は次のみことばで結ばれます。

「わたしが父のもとから遣わす助け主、すなわち、父から出る真理の御霊が来るとき、その方がわたしについて証してくださいます。あなたがたも証します。初めからわたしと一緒にいたからです。」(26,27)。

心配する必要はありません。御霊が証を導いて下さいますから。よって私たちの焦点は、どこまでも、ぶどうの木なる主イエスにとどまるのです。そうすれば多くの実を結びます。たとえ迫害の中にあっても。

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