2022年5月15日

書籍『ヒトの壁』の著者である養老孟司氏は、この世界は「こうなった」「なるべくしてなった」という結果の集積、算数で言えば解答集、私たちは解答集に生きていると述べています。引用すると、「現生生物は隕石の衝突やら氷の球やら、さまざまな極端な状況にすら出会い、しかもそれを通して生き延びてきた。現にわれわれが見ている生物界は、ゆえに生物が提出した解答であり、その意味で解答集である。私たちは、生物の解答の集まりに生きている。夏の広葉樹の葉の茂りを見るとよくわかる。枝葉の伸び方は、あれこそ自然の出した答えなのだ。光を得ようと枝葉を広げているではないか。」 なるほど、確かに。しかし考えてみると、これは私たちキリスト者の視点ではなでしょうか。聖書は歴史をHis story(神の物語)と教えます。神がアブラハムに告げられた約束を、神ご自身が成就される物語、つまり今日の世界は、神にあって「なるべくしてなった」神の解答集とも言えます。私たちは必死に生きていますが、生かされています。先日、ロシアによるウクライナ侵攻の報道に胸が痛みました。しかし詩篇65篇のデボーションから新たな視点が与えられました。

「あなた(神)は地を訪れ 水を注ぎ これを大いに豊かにされます。神の川は水で満ちています。あなたは こうして地を整え 人々の穀物を備えてくださいます。地のあぜ溝を水で満たし その畝をならし 夕立ちで地を祝福されます。」(詩篇65篇9,10節)。

TV画面の戦火の背後に映る、木々や草花に目が留まりました。人間の罪により傷んだ大地、しかしなお木々は生い茂り、草花が芽吹いています。ウクライナは大穀倉地帯です。なお大地は生き延び、人は生きることができます。全被造物を生かされる主なる神がおられます。神は罪に突き進む人間と傷んだ被造物を贖うために、御子をこの地に与えられました。イエス・キリストの十字架と復活、そして新緑に輝く大地は神の解答なのです。そして私たちは神の物語の登場人物です。

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