2021年12月12日

この土日(12/11,12)、私は新潟グレースチャペル(以下、NGNC)の奉仕に行ってきます。12日はクリスマス礼拝です。一部は礼拝、二部はミニコンサート、教会が毎月行っている「歌の会」の講師である神田幸子先生が歌って下さいます。奇遇にも神田先生は武蔵野音楽大学出身でした。クリスチャンの方ではありませんが、素晴らしい指導をして下さっています。NGNCには専任の牧師がいません。私は小笠原先生のバトンを受け継いで二カ月に一度のペースで奉仕に行かせていただき、他の月はグレースネットの先生方が順番に行って下さいます。月に一度牧師がご用をし、他の週は信徒の皆さんで礼拝をささげているのです。

さて、去る10月、私は約一年振りに新潟に行きました。土曜日は「お世話係会」と称する教会運営ミーティングで、私たちはコロナ禍での苦労や恵みを分かち合い、今後の教会の歩みについて話し始めました。すると一人の方が声を大にして言いました。なぜもっと真剣にこれからの教会のことを話し合わないのですか!弱い人たちに届いていくのが教会ではないですか! すごい剣幕です。しかし周りの皆さんは静かに受けとめて共感します。そして心を開いて話始めました。夫々が大変な苦労の中を通って来られました。ある方は大きな問題の対応に追われて精一杯でした。ある方は奥様が病に倒れて絶望の底を通られました。そして穏やかに言われました。弱い人って誰だろうか、だれもがみな弱いのではないかな。その他の皆さんも夫々の証がありました。叫んだ方も静かに耳を傾けています。そして感情的になったことを謝り、受けとめてくれたことに感謝されました。その方も家族のケアの中で大きなストレスを覚えておられたのです。各々が人生の試練を通っています。しかしその中で主を見つめ続け、そしてそれが、この交わりを生みました。人に反応するのではなく主に反応する交わりを。私はそこにNGNCの宝を見ました。コロナが落ち着き、依然コロナの中で、賛美あふれるクリスマス礼拝です。

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