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月別アーカイブ: 9月 2020
2020年9月27日
スヌーピーの言葉にグッときました。スヌーピーとは、アメリカの漫画『ピーナッツ』の主人公、チャーリー・ブラウンの飼い犬で、あるとき、ちょっと意地悪な女の子ルーシーはスヌーピーに言いました。「あなたがどうして犬なんかでいられるのか不思議に思う」。するとスヌーピーは答えます。「You play with the cards you’re dealt …whatever that means.(配られたカードで勝負するしかないのさ…、それがどういう意味であれ)」。えてして、隣の芝生が青く見えたり、置かれた環境に不平を言いがちです。しかし、そうです、自分に配られたカードで勝負するしかないのです。あのスヌーピーのほわっとした愛らしさは、この選択から来ているのでしょうか。先日、NHKのドキュメンタリー番組で黒柳徹子さんを特集していました。徹子さんは「今の自分は子どもの頃と何も変わっていない」と言われ、私は番組を通して「変わらないことの魅力」を味わいました。徹子さんが変わらなかった理由は、小学校を一年で退学となり、トモエ学園に通うようになったこととのことで、トモエ学園校長、小林宗作先生は、徹子さんに毎日「君は本当はいい子なんだよ」と言ってくれたそうです。なので「私は、いい子なんだ」とずっと思っていたと。また、テレビ業界に入った頃は「黒柳は個性的過ぎる」と、仕事を降ろされることもしょっちゅうあったそうです。しかし構成作家や演出家など周囲の大人が、「大丈夫。君の個性は大事だから、そのままで行ったほうがいい」と声をかけてくれたので、「私はこのままで行ってもいいのだ。」と自信を持つことができたとのことでした。このような言葉かけ、大事です。福音です。 「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。」(Ⅱコリント3:18) このみことばは、安心して大胆に「配られたカードで勝負する」私に変えられてく、ということではないでしょうか。
2020年9月20日
長野県原村在住の佐藤溢子姉(御年91歳)から手紙が届き、感銘をうけたので皆さんにご紹介します。『先日送って頂いたボクシ・ボイスNo254を読んで、私の子供の時(小学3年生位)の事を思い出しました。それは弟と二人、裏山のお稲荷さんに近所の小母さんたちが毎日油揚げを供えて手を合わせているのが不思議で、穴の奥に何があるのか見て見ようと二人で入りました。すると瀬戸物で作った狐が祭ってあり、その前に油揚げが沢山供えてありました。私と弟は狐を一つずつ持って穴から出て来て、これは偶像だ、偶像を拝んではいけないと聖書に書いてあるから壊してしまおうと、コンクリートの石畳におもいっきりぶつけて壊し、帰ってお父さんに報告しよう、きっと良くやったと誉められるね、と意気揚々と家に帰りました。するとどうでしょう、父は、お前たちは何ということをしたのか、人様が大事にしているものをメチャクチャに壊してしまって、すぐにこれをもって役場の町長さんにお詫びして来なさい、と叱られてしまいました。 私たちは、だから大人は嫌いだ、自分たちの都合のいいようにしか言わないとブウブウ文句を言いながら町長さんの所へ行き、これこれしかじか、お詫びに行けと言われて来ました、ゴメンナサイ、と言うと、町長さんは、やっぱり時計屋のお父さんはクリスチャンだけあって違うナァ~。また、お前たちもお父さんの言う通りに謝りに来たことは偉い、と誉めてくれて、なんだか解らないながら悪い気はしませんでした。 3代目のクリスチャンホームに育てられたことは感謝しております。父は知らず知らずの中に沢山福音を伝えていたのだと思います。私も上京して神さまから離れてしまい教会に行ってみようと練馬教会に帰って来たのが、荒野を30年過ごして一人暮らしになった時でした。そのうちまた書いてみます。~」私も溢子さんのお父様の姿勢に倣いたいと思いました。さて、溢子さん、また続きを書いて下さるご様子、楽しみ。またご紹介します。
2020年9月13日
先週のディボーションで、パウロが証するマケドニアの教会(ピリピ、テサロニケ、ベレアなどの教会のこと)の熱意が私の心に迫りました。 「彼らの満ちあふれる喜びと極度の貧しさは、苦しみによる激しい試練の中にあってもあふれ出て、惜しみなく施す富となりました。私は証しします。彼らは自ら進んで、力に応じて、また力以上に献げ、 聖徒たちを支える奉仕の恵みにあずかりたいと、大変な熱意をもって私たちに懇願しました。」(Ⅱコリント8:2-4) ここを読み、私自身、そして練馬グレースチャペルがこのような教会でありたいと強く思わされ、祈りました。ここから教えられることは、極度の貧しさの中にあっても献げることはできるということです。献げる熱意があれば、献げものは備えられると。それにしても、極度の貧しさの中にあって喜び満ちあふれるとは、なんたる魅力でしょう。今、我が家は引越しの最中で、数日テレビやネットが使えず、その良さを実感しています。自由です。富があるほうが縛られるのではないでしょうか。確かにマケドニアの教会の聖徒たちは解放されていました。彼らが喜び満ちあふれていたのは何故でしょう?それは「叫び」です。使徒16章で、聖霊はパウロら一行がアジア宣教に向かうのを禁じます。その夜、パウロは一人のマケドニア人が立って、 「マケドニアに渡って来て、私たちを助けてください」と懇願している幻を見ます。ただちにパウロはマケドニアに向かいました(使徒16:6-10) そしてマケドニアの人々は福音を聞き、救われ、教会が誕生しました。彼らの満ちあふれる喜びと、聖徒たちを支える奉仕の恵みにあずかりたいとの熱意はここから来ているのです。マケドニア人の叫びを主は聴かれ、聖霊はパウロを遣わし、彼らは救われました。富は私たちを束縛するだけでなく、叫ぶことも忘れさせます。しかし満ちあふれる喜びは、叫びから生じるのです。飽食の時代の私たち、あえて叫ぶことも大事なのではないでしょうか。
2020年9月6日
個人的な証を書きます。先週ある方と水曜夜の祈祷会のことについて話していたのですが、その中で一つのことに気づかされました。最近私は霊に燃えて祈っていない、牧師の仕事として祈っていると。コロナによりあらゆる計画が中止となり、ふとしたゆとりが惰性となり、またコロナ疲れも蓄積してきたか、牧師の仕事が「仕事モード」で、内側から溢れる霊的パワーがありませんでした。夜中に目が覚め否定的な闇が襲ってくるのもしばしばです。火曜日の朝、私は早天に会堂に行きました。その朝も目覚めは良くありませんでした。その朝は私一人でした。私はため息をつきました。すると、ふと以前の半徹夜祈祷会や、一人山の中で祈った時のことを思い出しました。私は小笠原先生の祈りに倣って叫んで祈っていました。そういえば、しばらく叫んで祈っていませんでした。叫びと言っても言葉を発するのではありません。言葉は煩わしいので、言葉から解放されて、うめくというか、はたから見たら雄叫びです。これも一種の「異言」でしょうか。とにかく、一人だったので私は思いっきり叫びはじめました。すると、あの時の恵みが溢れるように回復してくるではありませんか。私の雄叫びはメロディーとなり、その中でみことばが次々に響いきます。そのみことばを声に出して、そうです!と応答し、するとさらにみことばが響いてきて、同じように声に出し、応答し、私の霊は燃やされていき、主の臨在に浸り、新たに主への献身の決意へと導かれました。私の暗澹たる心はすっかり解放され、霊的パワーが内側に漲りました。解放され、霊が燃やされ、会堂を後にしました。私は目を覚ましました。仕事に使命感や責任感は必要ですが、やはり霊的パワーが必要です。そしてそれには、霊と心を解き放った、活きた主との交わりが必須なのです。ダビデも言っています。 「心は私のうちで熱くなり、うめきとともに、火が燃え上がった。」(詩篇39:3)