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月別アーカイブ: 4月 2020
2020年4月26日
若葉が萌える季節となりました。教会前の千川通りも、桜吹雪の後は口笛を吹きたくなるような新緑です。若葉に木漏れ日がさらさら輝いて、なんて気持ち良いのでしょう。ああ、山に登りたくなりました。この時、三密と商店街を回避しながらの散歩は必須です。いや、この時だからこそ、立ちどまって新緑のシャワーを浴びてみるのも良いでしょう。最近、ジョギングをしている人を多く見かけます。テレワーク中のビジネスマンかと思うのですが、彼らはどんな思いで走っているのでしょう。その姿を見ながら、ステイホームを徹底しつつも、「この時をどう過ごすのか」を考えるのは大事だなと思いました。 最近のディボーションは「使徒の働き」の後半、使徒パウロがローマに向かう物語でした。パウロのビジョンは、当時の地の果てイスパニア(スペイン)宣教、そして、その拠点がローマであると捉え、パウロはローマを目指しました。しかし、その行程は思いもよらぬ展開で、パウロはエルサレムでユダヤ人らに捕縛され、裁判を受け、やがてローマ皇帝に上訴したことにより、「護送」という形でローマに着きます。パウロはローマへ向かう前、カイザリヤで二年間拘留されたのですが、この間、何をしていたのでしょう。AmazonプライムもNetflixもありません。たぶん、ローマやイスパニア宣教を見据えながら、そのための備えをしたことでしょう。仲間たちから書物を差し入れてもらって。体力が落ちないように運動もしたのでは。後のローマでのパウロの精力的な活動を見るとき、そのように想像できるのです。そして、今の私たちの状況と重なりました。ステイホームの中、私もパウロのように将来を見据え、そのための今できる備え、つまり、「緊急ではなく重要なこと」をしてゆきたいと思います。爽やかな新緑の木々も、私をそのような思いにさせてくれました。さあ、ジョギングに行きますか。
2020年4月19日
今、息子は保育園を休んでおり、よく公園に行っています。すると、同じ保育園の友だちの女の子が、お母さんと一緒に自転車に乗る練習をしていました。自転車に乗れるようになる近道は、補助輪と一緒にペダルも外して、足漕ぎで進むのが良いとのこと。息子にもチャレンジを促すと、「僕はまだ補助輪付けたままでいい」と、その友だちの後を補助輪ジャージャー言わせながら追っかけていました。 翌日公園に行くと、今度は、一年上級の友だちがスイスイと楽しそうに自転車に乗っていました。相変わらず息子はジャージャー追っかけているのですが、その友だちは「自転車の乗り方を教えてあげるよ。」と、補助輪無しの自転車にまたがらせてくれました。帰り道、息子は言いました。「○○ちゃん(昨日練習していた女の子)の自転車に付いていたのってなに?」よく聞くと、それは自転車を立てるスタンドのことで、どうも息子はスタンドに心ときめいたようです。私は、補助輪を外さないとスタンドは付けられないのだよと伝えると、息子は俄然やる気を出し、その足で自転車屋に行ってペダルと補助輪を外してもらいました。 翌日、早速その自転車で公園に出向きます。しかし、やはりフラフラ、怖気づきます。すると、今度は別の女の子の友だちが自転車で走り寄って来ました。息子のテンションは一機に上がり、結果、一緒に遊びながら補助輪無しに慣れることができました。帰り道、息子は言いました。「いつスタンド付けてくれるの?」 私は、補助輪無しで公園三週できたら付けてやるよ、と言うと、息子は翌日その目標を達成しました。その時も一年上級の友だちが横で応援してくれました。結局、息子は二日で自転車に乗れるようになれたのですが、その一番の要因とは何でしょう。そう、友だちの存在です。友だち、大事ですね。今、この事態、友だちを思う良い機会でもあると思いました。主イエスも 「わたしはあなたがたを友と呼ぶ」(ヨハネ15:15) と言っておられます。
2020年4月12日
コロナの深刻な影響により私たちの生活は変化しました。多くの人がテレワークをしています。不要不急の外出を控えています。よって、おのずと家にいることが多くなりました。そうすると、私たちの関心事や課題は「家でどう過ごすか?」になってきます。私の息子も保育園をしばらく休むことになりました。早速私たち家族はテーブルを囲んで家族会議を開き、皆で一日のスケジュールを決めました。今こそOne Teamです。おのずと私が集中して仕事をする時間は早朝となり、なので、息子と同じ時間に就寝します。結果的にとても健康的な生活となりました。 また、今、マスク不足が叫ばれていますが、私たち家族は手製の布マスクを使っています。使い捨てが当たり前だったマスク、しかし、以外にも布マスクの着け心地は良く、デザインもお気に入りで、これからもずっと布マスクにしようと思っています。私たちは、これまで色々と要求し、批判できる世界で暮らしてきました。しかし、コロナの深刻な事態によりそんなことが言っていられなくなりました。知恵を集め節約しなければ、協力して助け合わなければ、これを乗り越えることはできません。この時、互いに向き合うことを避けてきた家庭にとっては試練の時であるかもしれません。しかし同時に、回復の時でもあります。最後に、最近、世界のクリスチャンの間で、ネットで広く共有されているメッセージをご紹介します。 サタン:「私は思いわずらい、恐れ、パニックを引き起こす。ビジネスも、学校も、礼拝の場所も、スポーツのイベントも封鎖する。経済的混乱を引き起こす。」 イエス:「わたしは近隣の人々を集め、家族を回復する。食事を家庭の調理台に戻す。人々がゆっくりとした生活を過ごせるようにし、本当に大切なものを大切にするようにさせる。わたしの子どもたちに、この世ではなく、わたしに拠り頼むように、お金や物質的資源にではなく、わたしを信頼するように教える。」
2020年4月5日
最近「コロナ疲れ」という言葉をよく耳にしますが、逆に「コロナ癒し」もあるそうです。例えば、コロナのゆえに遠方の友だちに久しぶりに連絡をしたら、とても喜んでくれて自分も嬉しかった、これが「コロナ癒し」です。先週、岩手のガムチャイ宣教師から段ボール一箱分のマスクが届きました。香港の教会から送られて来たもので、しかしガムチャイ宣教たちは、今は東京に必要と、全てのマスクを私のところに送ってくれました。早速、私と妻はこの愛の贈り物をどのように活用しようかと考え、栄町児童館に贈呈することにし、児童館に出向いて館長さんにその旨お伝えしました。すると、館長さんは目に涙を浮かべて、私たちが児童館に心を留めたこと自体に感激してくれて、マスクも、小学校の始業延長が必至の中、栄町児童館だけでなく近隣の児童館でも必要と、大変感謝をしてくださいました。児童館を出た私たちの心はとても清々しかったです。 さて、妻はさらに、いつも教会の除菌スプレー等を購入している近所のドラックストアの店員にお菓子を届けに行きました。最近の騒動により、ドラックストアの店員は過労のうえ、客から罵声を浴びせられたりしてとても疲弊しているだろうと思ったそうです。ドラックストアの若い店員は、いきなり話しかけてきた妻に最初は怯えましたが、いつも教会がお世話になっていることへの感謝と、また、この異常事態な中での激務に対する労いの言葉をかけ、お菓子を渡しました。すると店員は、「え~、そのように思って下さっていることがとても嬉しいです~、もう一度お名前と教会名をお聞かせください、皆に伝えます!」と感激されたとのことでした。それを聞いて私の心も温かくなりました。大変な中にあるからこそ、私たちは普段以上に気遣い合い、助け合うことができます。「コロナ癒し」心に留めたいと思います。