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2022年11月20日

皆さんは、一生懸命積み上げてきたものが一瞬にして崩れた、という経験はありますか? 最近私はその経験をしました。その中で、内村鑑三の講演録『後世に残す最大遺物』は光となりました。内村鑑三は、後世に残す最大遺物とはお金でも事業でも思想でもなく、勇ましい高尚なる生涯だと述べ、例話として、『フランス革命史』を記したトーマス・カーライル(英国の歴史家)を挙げます。カーライルはこの本を書くのに一生をかけました。何十年もかかってやっと望み通りの本が書けたので、清書して原稿にしました。そんなとき、遊びに来た友人が「面白そうだから、今夜一晩かけて全部読みたい」と言ってきて、感想も聞きたかったのでカーライルは原稿を渡しました。友人は明け方までかかって読み終わり、本を机に置いて寝てしまいました。そこへ家政婦がやってきて、ストーブの火を焚こうとして、机の上の原稿をゴミだと思い、それを丸めてストーブに入れて燃やしてしまったのです。 さて、その事実を知らされたカーライルのショックたるや…。彼は10日間放心状態、その後は猛烈に怒りがこみ上げ、心を落ち着けるためにつまらない小説に読みふけりました。やがて冷静を取り戻したカーライルは自分にこう言い聞かせます。「お前は愚かな人間だ。お前の書いた『フランス革命史』はそんなに立派な本ではない。一番大事なのはお前がこの不幸に堪えて、もう一度同じ本を書き直すことだ。原稿が燃えたくらいで絶望するような人間の書いた『フランス革命史』は出版しても世の中の役に立たない。だからもう一度書き直せ。」 内村鑑三は言います。「カーライルが偉いのは『フランス革命史』を書いたからではなく、原稿が燃えても、同じものを書き直したからです。失敗したり、挫折したりしても、事業を捨てず、気持ちを立て直し、勇気を出して、もう一度事業に取り組まなければなりません。書き直すことでそれを教えてくれたカーライルは、後世にとても大きな遺物を遺したことになります。」

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2022年11月13日

『もしイエス様が市長だったら』(著 ボブ・モフィット)の中に、ぜひ皆さんと共有したいと思った文章があります。「湖のような教会」と「川のような教会」です。「それは教会の立地条件のことではなく、働きにおける思想を表現しています。湖には巨大なものもありますが、その可能性は限定的で、それは大きくなるか、もしくは小さくなるかのいずれかです。さらに、湖には「淀む」危険性があります。これに対して、川はどこかに流れていきます。それは勢いがあり、流路を変えることができ、人々をその流れに場所に運ぶことができます。湖のような教会はひとりでも多くの人を集める場所であり、人々の人格や奉仕における成長よりも、湖のサイズによって成功が定義されます。川のような教会は、その流路にいる人々に影響を及ぼし、その影響は川岸を超えてあふれ流れます。「教会に何人いるのか?」というのが湖教会の質問であり、「来た人々にどんな変化があったのか?」というのが川教会の質問です。「集会に何人が参加したのか?」というが湖教会の思想であり、「その集まりは人々に影響を与えたのか?」というのが川教会の思想です。」(P.220)。私はこの文書にとても励まされ、またビジョンを再確認しました。私たちNGCのビジョンは「川」です。テーマ「砂漠に川を、オアシスを」~“かしら”と“からた”につながり“みたま”によって歩ながら~。 「この川が入る所では、すべてのものが生きる」(エゼキエル47:9)。 聖書のはじめ「エデンの園」からは一つの川が湧き出ています(創世記2:10)。聖書の終わり「新しいエルサレム」の中央にも「いのちの水の川」が流れています(黙示録22:1,2)。そして、その間にある私たち教会は「川」なのです。NGCは、1955年、70歳の森五郎、まつよ牧師ご夫妻の開拓により、桜台の「家の教会」から始まりました。そこから流れ出るいのちの川は、足首、膝、腰に達して泳げるほどに(エゼキエル47章)、その流域は遠く中東にまで広がっています。ハレルヤ。

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2022年11月6日 中東短期宣教旅行記⑨

4.まとめ 最後に、今回の中東短期宣教の私の象徴となった2つを挙げて閉じたいと思います。第一は、滞在した家のテラスから遠くに見えた「ヘルモン山」です。聖書に登場する有名な山です。数年前、私はイスラエルから北にその山容を見ましたが、今や同じ山容を南に、つまり反対側から見ているのです。反対側から見るなんて想像だにしませんでした。しかし今そこにいるのです。そして反対側の人々の暮らしに触れ、そこにあんちゃんがいて、キリストのからだが宣教しているのです。感動しました。 第二は「足湯」です。あんちゃんのたっての願いでした。そこにはニューシティーの皆さんにリラックスしてもらいたいとの思いがあります。さらにキリストに倣って彼らの足を洗い、キリストを証したいという祈りがありました。しかし私たちが足湯をできるのは、これまでに宣教師たちがニューシティーの人々にキリストの愛をもって仕えてきたからにほかありません。宣教師たちは、苦難をくぐり抜け、なお他国で肩身の狭い、希望を見いだせない現実を生きるニューシティーの難民の人々に関心を寄せ、笑顔で声をかけ、友だちとなり、家庭を訪問し、アラビア語の先生になってもらい、子どもたちに英語を教え、誕生日を祝い、癒しを祈り、彼らに仕えてきました。前記したアラビア語の先生のアハマド&ヒアム夫妻の妻のヒアムは、最近夫のアハマドが家事をするようになった、と言いました。それは彼らが宣教師たちと一緒に過ごすようになったからでしょう。男性宣教師たちは家事をします。この宣教師たちの仕える姿に感化されないわけがありません。 「しかし、信じたことのない方を、どのようにして呼び求めるのでしょうか。聞いたことのない方を、どのようにして信じるのでしょうか。宣べ伝える人がいなければ、どのようにして聞くのでしょうか。「なんと美しいことか、良い知らせを伝える人たちの足は」と書いてあるようにです。」(ローマ10:14,15) 「中東短期宣教旅行記」 完

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中東短期宣教旅行記⑧

サルはきつかったですが、頑張りました。ジョギングをしてきて良かったです。立派な室内フットサル場で、メンバーは宣教師たちとニューシティーの若者たちです。この町にはニューシティーの人々に届いてく宣教師、クリスチャンワーカーが世界中から集まっていて、毎週金曜夜はサッカー好きの宣教師たちがゲームを楽しみながら交流をしています。私はこの光景を見ながら黙示録のみことばを思い起こしました。すべての国民、部族、民族が御座と子羊の前に立ち礼拝をささげている光景です(黙示録7:9)。この地には困難があります。しかし困難をとおして聖書のビジョンがこうして実現しているのです。感動しました。 3.短期宣教に牧師が参加すること あんちゃんの派遣教会の牧師であることは、参加の大きな後押しとなりました。また今年50歳となり、Comfort zone(快適な場)にとどまっていることを示され、沖へ漕ぎ出るチャレンジでした。共に宣教旅行をした3名のメンバーにも感謝です。毎朝のチームのデボーションタイムはかけがえのない時でした。チームリーダーの北谷緑さんは一番年下で紅一点でしたが、素晴らしいリーダーで、私は羊となり、緑の牧場に導いてもらいました。日頃リーダーの責任を負っている私にとって解放です。またアウェーでのタフな宣教は自分の弱さも浮き彫りになりました。私はその弱さをチームメンバーに吐露し、チームは時間を取って私のために祈ってくれました。短期宣教とはクリスチャンのエッセンスや魅力が前面に出る時です。なので、牧師が短期宣教(しかも海外の)に参加することは、原点に立ち返り、牧師としてオーバーホール、リフレッシュできる最良の機会だと思いました。普通の海外旅行よりも牧師としての英気が養われます。また中東短期宣教は日本人クリスチャンにとって「仕える宣教」の良き励ましになるとも思います。なんてったってフレンドリーですから。つづく

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中東短期宣教旅行記⑦

(3)学校での英語クラス 私たちは他の宣教団体が運営するニューシティーの子どもたち対象の学校で、低学年と高学年の2回の英語クラスを担当しました。学校に着いて驚いたのは、子どもたちの弾ける笑顔と無邪気さです。珍しい外国人訪問者であるのも相まってか、子どもたちはキャッキャと走り寄って来て次々にハイタッチ、一人の子と手を繋いでジャンプをすると、次々に同じことを求めてきます。こちらもテンションが上がります。みんなつぶらな瞳で可愛いです。私たちは子どもたちとゲームをし、振り付けのある英語の歌を教え、シンプルな救いの証をしました。 2階では高学年対象のヘアカットクラスとメイクアップクラスをしていました。運営する宣教師にメイクアップクラスを設けた理由を聞くと、イスラムでは4人まで妻帯が許されていて、しかし1人目の奥さんが綺麗にしていると2人目を持たなくなる、ゆえにメイクアップクラスを始めたそうです。因みに4人の妻とその家族を養うのはとても大変で、実際はほとんどが1人の妻だそうです。 学校はその宣教師1人で運営していて、奥様と2人の子どもとこの地で暮らしています。東アジアの大国の地下教会から遣わされてきました。宣教師は内戦前からニューシティーで宣教を始め、その頃は農業をしながら宣教をしていましたが、内戦が勃発するとこの地に移り、ニューシティーの難民の子どもたちへの学校を始めました。シンプルに目の前の必要に仕えながら宣教を続ける姿に感銘を受けました。教師は全員ニューシティーの人(難民)を雇い、1人はクリスチャンになりました。教師が足りないと言っていました。学校は毎朝8時から教師全員が集まって礼拝とミーティングから始まります。皆で聖書を分かち合うそうです。午前中は授業、午後は家庭訪問に行き、親との信頼関係構築に努めています。運営費の全ては母国の教会からの献金とのことでした。あの大国の地下教会からこのように宣教師が派遣されているのです。とても感動しました。つづく

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2022年10月16日 中東短期宣教旅行記⑥

アハマドは「イスラム教徒の5%が過激で、残りの95%は平和であることを分かってくれ」と念を押して言ってきました。実際に中東に来てそのことは納得できます。私は今回中東に来た理由を話しました。キリストは「律法の中心は神を愛し、隣人を愛すること」と教えているが私にとって中東の人々は隣人でなかった。なので、この機会に中東の人たちと隣人になりたいと思い、この旅の参加を決めた。そしたら東京の多くの友だちが応援してくれたのでこうして来ることができた(牧師であることは隠している)。アハマドは敬意を表してくれました。するとアハマドは「イエスが神の子であることをどうやって証明する?」と質問してきました。私は罪から話し、十字架と復活の意味、罪の身代わりは罪のない神の子に限ること、そして私の救いの証を話しました。アハマド&ヒアム夫妻はじっと耳を傾けてくれました。するとアハマドは「聖書の訳は何度も改訂され、様々な言語に翻訳されているので、原典から内容が変わってしまっているのでは? コーランは原典(古典アラビア語)のままで、他国語にも翻訳されていない」と言いました。しかし、であるから、コーランを読めるのは聖職者のみで、信者は聖職者の説教や解説からでしかコーランに触れることがでないのです。自ら聖典を確かめることはできません。ここにキリスト教とイスラム教の違いがあります。また私たちクリスチャンの原動力は神(キリスト)の愛です。 「わたしはあなたがたに新しい戒めを与えます。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(ヨハネ13:34)。 しかしイスラム教徒の動機は異なるようです。宣教師のリーダーは「これがイスラム宣教の鍵である」と言いました。また目の前のケーキを例えにこう言いました。「イスラム教徒はケーキを知っているが、そのケーキが何でできているかはよく分かっていない。」つづく

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2022年10月9日 中東短期宣教旅行記⑤

彼女は「私は働くことが得意です」と答えるので精一杯でした。女性は結婚して働きながら子育てをしていく、その他に夢を描くような価値観はないのでしょう。するとそこへ長男(15才)が入って来たので、私は彼にも将来の夢を聞きました。彼は目を輝かせながら「算数の先生になりたい」と即答しました。やはり女の子とは違います。以前少しだけ算数に触れたことがあるそうです。しかし複雑な思いになります。彼は朝から晩までチーズ工場で働いていて学校には行けません。教育の大切さが身に沁みます。「あなたには将来と希望が広がっている」という聖書の価値観に基づく教育を受けることができたなら、どんなに素晴らしいことでしょう。すると、ニューシティーチームの宣教師の一人は元数学教師だというのです。可能性があります。 (2)アラビア語の先生たちとの交流 私たちは5名のアラビア語の先生たちと交流しました。彼らもニューシティーからの難民で、宣教師たちが賃金を払って月曜から金曜までアラビア語を教えてもらっています。一年間の学習により宣教師たちは通訳ができるほどアラビア語を習得していました。さて私たち日本チームは、5人の先生たちを讃岐うどん、いなり寿司、だし巻き卵でもてなしました(そんなに食べてくれませんでしたが)。食事の後はゲームで打ち解け、グループに分かれて交流の時を持ちました。私はエディーさんと二人の宣教師と一緒に、アハマド&ヒアム夫妻とお茶をしながら歓談しました。夫のアハマドは32歳で、美味しいのに不味い、奥さんのことが好きなのに嫌いと、真顔でシュールなジョークを言う落ち着いた男性です。妻のヒアムはお洒落で、いつも頭をヒジャブ(スカーフ)で綺麗に整えています。夫が話していると「あなたは言っていることとやっていることが違うわ」と突っ込みを入れてきます。夫妻には2人の子どもがいます。私たちはアハマド&ヒアム夫妻と二度にわたりじっくり会話を楽しみました。つづく  

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2022年10月2日 中東短期宣教旅行記④

翌日の家庭訪問は難民テント村でした。当初は水風船ヨーヨー釣りなどの子どもたち対象のイベントをする予定でしたが、大人の皆さんが早速私たちをテントに招き、とても甘いお茶でもてなしてくれたので歓談となりました。テントの中は質素ですが中東様式です。ベットマットのようなマットが壁に沿って敷かれ、その上に半身で寝そべり、枕状のクッションに肘をつき上半身を起こしてお茶を飲みます。感心したのは、どの家庭の子どもたちも進んで給仕をします。また家族全員が集まってきます。この一家は8年前に爆撃を逃れて16日間歩いてこの地に来ました。息子さん(現在のその家族の主)は当時の苦悩を話してくれて、昨夜も爆撃の悪夢にうなされたと言っていました。チームの知くんは、自身のいじめからの救いの証を語り、癒しの祈りを提案すると、素直に受け入れてくれたので祈りの時を持ちました。その後、私は彼に「苦難を通して得た大切なこととは何ですか?」と尋ねると、第一に家族、第二に友だち、第三は祖国愛だと答えました。私は「そのように受け取るあなたこそ大切であり、希望です」と言いました。 その後私たちは家族の皆さんに足湯とマッサージをして、とても喜んでくれました。別の日には車で1時間程離れた田園地帯のテント村にも行きました。水たばこの原料となるたばこ畑が果てしなく広がり、羊飼いが羊の群れを牧し、とてものどかな風景です。訪問した家庭は母子家庭で、生まれた長男の口が唇裂口蓋裂だったため夫は離婚したそうです。歓談の後、チームのエディーさんは足を痛めているお母さんのために癒しの祈りをし、私はたばこの葉の乾燥作業の合間に来てくれた娘さんに将来の夢を聞きました。彼女は少し答えあぐね、「私は働くことが得意です」と答えました。私は素晴らしいと言いましたが、もしかしたら、彼女たちは将来の夢を描くことは無いのかもしれません。「私は働くことが得意です」と答えるので精一杯だったのです。つづく

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2022年9月25日 中東短期宣教旅行記③

中東短期宣教旅行記③ (1)家庭訪問 私が最初に家庭訪問をしたのは7人の子どものいる家庭でした。この家庭は古い戸建てに住んでおり、子どもたちと長縄跳びができるほど丈夫で広いリビングでした。お父さんはニューシティーではエンジニアでしたが、ここでは肉屋で鶏肉をさばいています。子どもたちはNGOが運営する学校に通い、13歳の息子は朝8時から夜8時までスーパーで働いていました。15歳の長男はドイツに移住していました。これは両親の意向で、今住むこの国の経済状況は悪化の一途、当初は歓迎された難民も端に追いやられ、将来に希望が持てなくなりました。よって難民を受け入れるドイツに長男を先に移住させ、将来家族で移住する計画です。印象に残ったのは長男がドイツに向かった行程です。ブローカーの手によって北アフリカ(チュニジアと言っていたと思う)から地中海を難民船でイタリアに渡り、陸路ドイツに向かいました。このことは日本でも大きく報道されていたので驚きました。難民船の航海は命がけです。 次に訪れた家庭は6か月の赤ちゃんはじめ6人の子どもがいましたが、子どもたちの誕生日は親も不明で、これまで誕生日を祝ったことがないそうです。なので、私たちは大きなケーキを用意し、子どもたち全員の誕生Partyをしました。とても喜んでくれました。ケーキを食べた後、お父さんはあんちゃんと私を畑に連れ出し一枚のスマホの写真を見せました。彼の父親で足は糖尿病で腫れていました。動けないのでニューシティーに残っており、しかし治療費が捻出できず、このままだと足を切断しなければならない。彼は自らの臓器を売ることを考えていました。臓器売買のことは報道で知っていたので驚きました。彼は日本に支援してくれる団体があったら伝えて欲しいと言い、そのことを宣教師のリーダーに伝え、ニューシティーの病院と伝手があるので連絡してくれることになりました。彼は「私は子どもたちを育てているが私も父に育ててもらった、だから父を助けたい」と言っていました。                             つづく  

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2022年9月18日 中東短期宣教旅行記②

中東短期宣教旅行記② 私にとって最も「百聞は一見に如かず」だったのが宣教です。中東宣教は難しくて危険だとだれもが思うでしょう。もちろん、私たちが接したのはニューシティーの難民の方々なので総論とは言えませんが、ただ、確かに彼らは日本人よりもオープンでした。私たちは普通にイエスの名を語ることができたし、イエスの御名で癒しの祈りをすることもできました。キリスト教とイスラム教は共通点があるので、聖書や信仰についても語り合うこともでき、福音を伝える機会もありました。彼らはよく耳を傾けてくれました。 さて、他にも興味深かったのはコロナです。現地はノーマスク、もうコロナ禍は終わっていました。ほとんどの人がマスクをしている日本とは別世界で、複雑な思いになりました。情報溢れる日本、しかしそれが大きな「縛り」になっていることも実感しました。前記した、道路に信号機、横断歩道、センターラインがない交通事情も、それでも事故は多発しないのです。ルールが少ない分それぞれ自分で気をつけるからでしょう。色々考えさせられます。日本を離れて異文化の地から日本を見つめる、これも「百聞は一見に如かず」の恵みでした。 ~2.救いを必要とする人々にキリストのからだはとどいている~ 私たちを迎えてくれたニューシティー宣教チームは、ニューシティーからの難民の人々に宣教しています。救いを必要とする彼らにとって宣教師たちは「福音」でした。チームメンバーは香港人3人、ブラジル人2人、そして日本人1人、さらに香港人の中東宣教コーディネーター、計7名(内、男性2人)の国際チーム、いや、神の国チームです。私たちはチームがこれまで関係を築いてきたニューシティーの人々の家庭を訪問し、チームのアラビア語の先生たち(ニューシティーの方々)と交流し、他の団体の宣教師が経営するニューシティーの子どもたち対象の学校で、英語クラスを担当させていただきました。(1)家庭訪問。私が最初に家庭訪問をしたのは7人の子どものいる家庭でした。                                                      つづく

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